大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(行)91号 中間判決

原告 槇町ビルテイング株式会社

被告 東京都知事

主文

本件訴訟は適法である。

事実

原告訴訟代理人は、「(一)被告が昭和三二年三月三〇日付東京都公告第一六六〇号をもつてした決定の日を昭和三二年三月二七日とする東京都市計画事業東京駅附近土地区画整理事業の事業計画決定はこれを取り消す。(二)訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり陳述した。

一、原告会社は、東京都中央区八重洲三丁目五番地所在地一五八坪二合三勺二才及び同地上に存在する鉄筋コンクリート造陸屋根五階建事務所一棟(家屋番号同町一五六番、以下本件ビルという。)を所有し、貸店舗及び貸室等を業務としている。

二、昭和三一年六月六日、建設大臣は建設省告示第九七九号をもつて東京都市計画東京駅附近土地区画整理事業(以下本件区画整理事業という。)の施行区域を定める決定(以下本件区域決定という。)を告示し、被告は、右区域決定にもとずき東京都中央区八重洲三丁目、四丁目及び五丁目の各一部(本件ビルの敷地を含む。)と同都千代田区丸の内一丁目及び二丁目の各一部を施行地域とする請求の趣旨記載のような土地区画整理法第六六条にもとずく事業計画の決定(以下本件計画決定という。)をなし、同法第六九条第六頂によつてその公告をなした。

三、しかし本件計画決定は、次の理由によつて違法である。

(一)  本件計画決定の前提となつた本件区域決定は次の理由により違法であるから、これを前提とする本件計画決定も亦そのかしを承継して違法である。

(1)  本件区域決定は、東京都市計画地方審議会の答申決定にもとずき、かつこれを検討調査することなくなされたものであるところ、その答申決定は、その決定をした同審議会の特別委員会における審議経過中本件区域決定による区画整理地域内に居住する地元民の強い反対を全く無視してなされたのみでなく、昭和三一年五月一〇日に開催された特別委員会における当時の委員篠原虎之輔の原告会社をも含めた地元民は区域決定案には異議がない旨の発言にもとずいてなされたものであるところ、事実は昭和二九年五月六日に本件区域決定についての草案が作られて東京都市計画地方審議会には付議されるや、地元民は、上申書請願書の提出等の方法により強い反対の意見を表明していたのであつて、右篠原委員の発言は全く事実に反するものであるから、このような虚偽の発言にもとずいてなされた右答申決定はかしあるものというべく、更に右かしある答申決定にもとずいてなされた本件区域決定も亦かしあるものである。

(2)  都市計画法第一条に違反している。すなわち、もと東京駅八重洲口附近については、外濠の埋立工事が進められて、昭和二三年六月一八日建河収第一五六ノ二号をもつて国有鉄道所有地域に対し、中央区日本橋呉服橋二丁目より槇町二丁目までおよび千代田区丸の内一丁目より二丁目までの合計七、一九四坪五合の部分について東京駅本屋付属建物敷駅前広場および道路敷造成の目的のために公有水面埋立が承認され、次いで昭和二三年六月一八日建河発第三八号ノ二をもつて右埋立承認地域に続く部分の二、六三九坪三合の部分に対し、道路敷および宅地造成の目的のために公有水面埋立の承認がなされて埋立工事が進捗したが監督行政庁は前者の埋立土地上に前記埋立承認の目的に反して国鉄労働会館、日本オートサービス株式会社、国際観光会館等巨大な建物の建築を許可してその建築をなさしめたのみでなく、地元民および世論の反対があるにもかかわらず、一部を東京駅として使用することを名目に大部分を百貨店に使用せしめるための鉄道会館の建築を許可してその建築がなされてしまつたが、右鉄道会館は一三階建とする計画であつたため、昭和二八年六月一八日、東京都建築審査会会長の答申により「八重洲口駅前鉄道用地、その前面道路およびその道路の対側にわたり一連の適当な広場の開設の確認」を条件として建築許可がなされたのである。本来ならば、前記埋立承認の目的に副い、右に挙げたような建物の建築を許可しなかつたならば、東京駅八重洲口駅前広場および道路は、前記埋立地および旧来の道路を利用することによつて立派に完成し得たのに、右に述べたように、埋立承認の目的に違反した建築の許可をした結果、それが不可能となり、他方又右鉄道会館建築許可の条件を充足する必要があるため、昭和二九年五月に至り、建設大臣は、新たに本件区域決定をしようとして、同月六日、その原案を起草して同年七月二七日、東京都市計画地方審議会に付議し、その答申決定にもとずいて、東京都自らが公有水面埋立承認の目的に違反して建築を許可したために交通事情の錯綜を来した事情については顧慮することなく、単に交通事情の錯綜を避けることのみを口実として本件区域決定をした。その結果、原告会社は本件ビルを撤去しなければならないことが明らかとなつた。右のごとき事情からすれば、本件区域決定は、原告会社を含む地元民のぎせいにおいて行政庁の違法な行為を遂行しようとするものというべく、都市計画は公共の安寧を維持し、又は福利増進を目的とするものである旨定めている都市計画法第一条に違反する。

(3)  憲法第一三条、第二二条、第二九条に違反する。すなわち、既に述べたとおり本件区域決定は、原告会社を含む民間側の一方的ぎせいにおいて埋立承認に定められた目的に違反して建築物の建築許可をした違法な行為を遂行しようとするものであり、したがつて埋立地を使用する鉄道会館等の違法な建築物については何らの影響を与えることなく、他方原告会社には本件ビルの撒去という重大な財産上の損害をこうむらしめる結果となるのであるから、前記憲法の各規定に違反する処分というべきである。

(二)  本件計画決定は、前記区域決定と同様の理由によつて、それ自体都市計画法第一条、土地区画整理法第一条に違反し、もしくは憲法第一三条、第二三条、第二九条に違反する。

(三)  本件区画整理事業は、土地区画整理法第三条第四項の規定により施行されるものであるところ、本件計画決定はその適用を誤つてなされたものである。すなわち、既に相当な広場を有する東京駅八重洲口附近の単なる広場拡張を目的とする本件計画決定は、その点で右規定の定める条件を具備しないことが明らかであるのみならず、建設大臣が公平な区画整理を意図することなく前記のとおり公有水面埋立の目的に反して私企業に建築を黙認した結果生じた広場敷地のせばまりを今日になつて償わんとするものであるから、前記規定を適用して本件区画整理事業を施行しようとすることは、右規定の解釈適用を誤つている。

四、以上のとおりであつて、本件計画決定はいずれにしても違法であるからその取消を求める。

被告指定代理人は、本案前の申立として、「(一)本件訴を却下する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

一、原告の主張事実のうち、被告が本件計画決定をなし、その公告をしたこと、建設大臣が本件区域決定をしたこと、本件ビル及びその敷地が原告の所有であつて、本件区画整理区域に含まれていることは認める。しかしながら、本件計画決定は、被告が本件区画整理事業を施行するため土地区画整理法第六六条により決定した事業計画の決定であるところ、同条にいう事業計画とは、同法第六八条によつて準用される同法第六条に定めるように、単に一般的に土地区画整理事業の施行地区、設計及び資金計画を定めるだけのものであり、又これを公告する内容は、同法第六九条第六項の委任にもとずく土地区画整理法施行規則(昭和三〇年建設省令第五号)第四条により土地区画整理、事業の名称、施行者の名称、施行区域に含まれる地域の名称、事務所の所在地および事業計画の決定の年月日と定められている。いずれにしても、土地区画整理法第六九条第六項による公告をしてなした本件計画決定は、要するに一般的、抽象的な処分であり、特定人に対する具体的な処分ではなく、本件計画決定によつて直ちに第三者である原告会社に対し何らの具体的な権利義務の関係をも発生せしめるものではないから、右決定によつて、原告がその権利を侵害されることもあり得ない。したがつて、本訴は訴の利益を欠き不適法である。

二、本件ビルの除去については、東京都市計画東京駅附近広場の区域の変更(昭和三一年六月六日建設省告示第九七九号、同第九八〇号)について東京都市計画地方審議会(都市計画法第三条にもとずく都市計画審議会であつて建設大臣の諮問機関)において審議された際に、たまたま本件ビルが変更せんとする広場区域の境界線附近に位置していたためにその位置が広場区域内に入るかどうか問題となつた関係で本件ビルの移動が論ぜられたにすぎない。しかして、右審議会の答申にもとずいて決定された広場区域は、結局本件ビルの存在する場所を含んでいるが、本件区域決定は、本件ビルの除去を目的とするものではない。唯右区域決定がなされた結果、反射的に将来別個の行政処分によつて区域内の建物(本件ビルを含む。)をその各所有者において移動することを余儀なくされることが一応予想されるけれども、本件区域決定ないしそれにもとずいてなされた本件計画決定により原告に対し本件ビルを移動させる義務が発生したわけではないから、原告の権利侵害はあり得ない筋合である。

原告訴訟代理人は被告の本案前の抗弁に対し、次のとおり陳述した。

一、本件区域決定は、当初から本件ビルの除去を決定したうえでこれを前提としてなされたものであるから、右決定により原告は本件ビルを除去する義務が発生し、原告としては本件区域決定の取消を求める法律上の利益を有するところ、本件計画決定は、右区域決定にもとずく次の段階の区画整理事業施行のための行政処分であり、しかも現在の段階では区画整理審議会等において本件ビルの除去の必要性等について論議、決定する機会も権限もなく、同審議会は本件ビルの除去を既定の事項として仮換地、清算金等の問題を審議するにすぎない以上、本件ビルの除去を前提とした本件計画決定は、原告に対し直接に重大な権利侵害を与える行政処分である。

二、本件区域決定が本件ビルの除去を前提としてなされていることは、請求原因三(一)(2) に述べた事実および東京都市計画地方審議会特別委員会における審議経過、特に(イ)昭和二九年一〇月一一日の同委員会における守本又雄委員および滝尾達也委員の各発言、(ロ)同三〇年一〇月一四日の同委員会における柴田義男幹事の発言、(ハ)同三〇年一一月四日の同委員会における石島参郎委員の発言、(ニ)同三一年五月一〇日の同委員会における山田正男幹事の発言、(ホ)同三一年五月二日の第二回国会建設委員会における前田栄議員の発言、(ヘ)同二八年八月二一日の第一六回国会決算委員会における江藤智説明員の発言に照らして明らかである。

立証〈省略〉

理由

一般に抗告訴訟の対象となり得る行政庁の処分は、直接国民の権利義務に法律上の影響を与えるようなものに限られると解すべきであるが、本件のような土地区画整理法(以下単に法という。)第六六条にもとずく事業計画の決定が果して抗告訴訟の対象となり得るものであるかどうかについて考えてみよう。

法第六六条、第六八条、第六条によると、施行者(ここでは都道府県知事の場合についてのみ考える。)が法第三条第四項の規定にもとずいて土地区画整理事業を施行しようとする場合には、施行規程とともに事業計画を定めなければならぬこととされているが、この事業計画は、土地区画整理事業の施行地区設計および資金計画を定めて、その後の事業を進めるについての基本的な骨組を明確にしようとするものであることが明らかである。かゝる事業計画は、それが決定されても、これによつて定められた施行地区内に何らかの権利を有する者その他の第三者に直接に具体的な権利義務関係を発生せしめるものではない。したがつて、かようにまだ具体的な法律効果を発生するに至らない、いわば中間段階の行政庁の処分をとらえてこれを抗告訴訟の対象として認める必要はなく、手続が進行して具体的な法律効果を発生せしめる段階、すなわち仮換地の指定処分(法第九八条第一項)、建築物等移転除却処分(法第七七条第一項)、換地処分(法第一〇三条第一項、第二項)等の処分がなされたときに初めてその効力を裁判上争わせれば足りるという考え方もありうるわけである。

しかして、法第六九条第六項によれば、施行者たる都道府県知事が事業計画を定めた場合においては、遅滞なく建設省令で定める事項を公告しなければならないこととされ、更に同条第七項は、右公告があつた場合には第三者に対して右事業計画をもつて対抗することができると規定しているが、法第六八条によつて準用される法第六条第一項の委任にもとずく土地区画整理法施行規則(昭和三〇年建設省令第五号)第五条によると、事業計画によつて定める施行地区は、施行地区位置図及び施行地区区域図を作成して定むべきものとされ(同条第一項)、更に右両図には土地の境界、都市計画区域界、宅地の地番、形状等を表示しなければならないものとされている(同条第二項、第三項)のであつて、結局土地区画整理事業の対象となるべき土地は、事業計画の決定により第三者との関係において具体的に特定されるものというべく、他方右事業計画が公告されると、右施行地区内に権利を有する第三者は、同法第七六条第一項によつて法律上建築物等の新築増築その他の制限を課せられることになり、附随的ではあるが直接の不利益を蒙ることとなる。しかも、前述のとおり、事業計画は土地区画整理事業の着手にあたり、その基本的な骨組として施行者によつて決定されるものであつて、あたかも農地買収手続における買収計画と同様に、後の手続はその実現の過程に外ならないともいうことができるのである。かような土地区画整理事業手続の根幹ともいうべき事業計画が決定され、しかもそれが違法であるにもかかわらずまだこの段階ではその違法を裁判所において争うことが許されないとするならば、以後の手続は事業計画決定の違法を承継してかしあるものとなるので、結局において無駄な手続がつみ重ねられるのを徒らに黙視せざるを得ないこととなる。しかのみならず、事業計画が一旦決定されれば、以後の手続は特段の支障の生じない限り機械的に進められる。すなわち、施行者は、事業計画を定めた後その設計にしたがつて換地計画を定めなければならず(法第八六条第一項)、更に必要があれば施行地区内の宅地について仮換地の指定をなし(法第九八条第一項)、右指定があつた後は、従前の土地に存在する建築物等を必要に応じて移転又は除却することができることとなり(法第七七条第一項)、換地計画にかゝる区域の全部について土地区画整理事業の工事が完了した後には遅滞なく換地処分をしなければならない(法第一〇三条第一項、第二項)こととされている。要するに、事業計画が一旦決定をされれば、施行地区内に存在する土地家屋に関して何らかの権利を有する第三者は、少くとも広場、道路の設置を目的とする事業計画の場合で、当該土地家屋が計画されている広場、道路の敷地内に存在するため事業計画の施行によつて右土地家屋の現状を変更することが必然的であるような場合には、その後の手続の発展に伴い、仮換地指定処分、建築物等移転除却処分、換地処分等具体的な法律効果を伴う各種の行政処分により、その権利(法律上の利益)を侵害されることが殆んど確定的であると予想されるので、これによつて右第三者は、法的に不安定な状態に置かれるのみならず、そのような状態に置かれることによつて事実上も権利の処分が著しく制限されることとなるのであるから、これは矢張り一種の法的拘束を受けるものといわなければならない。

以上のことを綜合すれば事業計画決定は、第三者に直接具体的な権利義務関係を発生せしめる行政処分ではないけれども、法第六九条第六項にもとずき公告がなされた後は、抗告訴訟の対象となりうると解するのが相当である。なお、法第六条第一項前段が事業計画を定めようとする場合にはその計画書を二週間公衆の縦覧に供せしめ、これに対して利害関係者に意見書の提出を許し、その提出があれば都市計画審議会に付議しなければならないとしている(同条第二項、第三項)のも、施行地区内に権利を有する第三者の利益を保護し、違法不当な事業計画の成立を可及的に防ごうとする趣旨であると解せられるが、右の規定は、事業計画決定に対し、訴願(法第一二七条)及び抗告訴訟を提起しうることを否定するものとは解せられない。

しかして、原告が本件計画決定において定められた施行区域内に存在する本件ビルを所有していることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証第二〇号証の一ないし九によると、本件土地区画整理事業は、東京駅八重洲口前広場の造成を目的とするものであつて、本件ビルは、本件計画決定のうちに右広場の設置予定地として定められた区域内に存在することが認められるので、右事業の進展に伴い将来これを除却又は移転されるべき運命にあることが明らかなのであるから、原告は、本件計画決定の取消を求める法律上の利益を有するものというべく、結局において本訴請求は適法であるということができる。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例